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車椅子コラムニストの「乗車拒否事件」は、本当に合理的配慮に欠けた障害者差別なのか

4月上旬、某車椅子のコラムニスト伊是名夏子氏(以下、「氏」とする)がブログに記載した内容が、ネット界隈で大炎上となった。ここまで炎上したのは、氏の要望が一般的に「無茶な要求」と言われる類のものであったためで、かつ対応してくれた方に感謝の気持ちのカケラすら無いことではないだろうか。一部にはJR側の案内に不親切な部分もあるように思えるのは事実ではあるが、全体的なインパクトとしては氏の主張が強烈過ぎて、取るにたらないというのが率直な感想であった。

当記事では、双方の視点や主張をもとに、ありえないとは思いながらも、それが果たして適切な要求だったのかというところを考えてみる。なお、現場のリアルな状況は氏のブログからしか読み取れないため、一部の認識に誤りがあるかもしれない。

JRには「合理的配慮が欠けている」のか?

氏は本文や後日の釈明記事において、JRに対して「合理的配慮の努力義務」があるとしている。勿論、それは誤っているわけではないが、「合理的配慮」という言葉を取り違えているのではないかと、本文や釈明記事を読んでも首をかしげる部分が多々見受けられる。

まず、「合理的」の意味について考える。実用日本語表現辞典には、次のように書かれている。

筋道立てて考えた際に、理に適っているさま。理性的であるさま。

実用日本語表現辞典

決して、一方の意見を押し通すことが「合理的」ではないことがわかる。ここで、双方の主張が「合理的」かどうかを考えてみよう。

氏の主張

  • 30分前に行けば、車椅子の旅客は当たり前のように鉄道を使えなければならない
  • その後の予定もすべて予約済みであるため、降車駅の変更は受け入れられない。
  • 代替手段は無いのだから、駅員3,4人総がかりで、JRが当たり前のように対応すべき
  • 公共交通機関なのだから、車椅子ユーザーが困っていたら駅員4人くらいは出すべき
  • 「障害者差別解消法」があるのだから、エレベーターがない駅なら駅員4人くらいで対応は当たり前
JRの主張

  • 係員が対応できる駅までなら乗車できる

残念ながら、JR側の主張があまり書かれていなかったが、要は「余計なお世話」をして、怪我でもさせてしまったら、乗客の苦痛はもちろん、それはJR側(というか駅員そのもの)の責任となってしまうという配慮があったのだろう。「係員が対応できる駅」というのは、車椅子の対応ノウハウに長けている要員が配置されている駅のことであり、安全に車椅子の乗客が乗降できる駅ということになる。少し前に、駅員が階段でベビーカーの補助をしたところ、乗っていた子どもが転落して大ケガをする事故があったばかりだ。

そのような背景もあり、今回のような状況において「合理的配慮」のもと、乗客を危険に晒すような要求は受け付けられず、対応が可能な駅までなら乗車できるということを案内したのだと思う。もっとも、氏が旅行の数日前に連絡を入れていれば、このような事態は起こらなかったというのは想像に難くない。後の釈明記事においても「事前に連絡したり、調べなければならないこと自体が障害者に対する差別だ!」と主張しておられるが、建前はともかくとして、一般常識として考えれば、重たい車椅子で乗車を介助してもらうつもりなのであれば、それぐらいはして当然の話であり、義務であろう。それを怠った結果、自分の期待通りの結果が得られなかったとしても、それは行動に伴った結果から導き出された「合理的配慮」であろう。

もちろん、理想としては障害の有無にかかわらず、息をするかのごとく、自然な流れで生活のすべてを済ませることができるようになることだろうが、現実問題、無理な話である。よって、現状できること、できないことを理解したうえでそれは主張すべきことではないだろうか。それを差別として障害者が声を大にするような事になれば、それは障害者への逆風にしかならないだろう。「合理的配慮」とは、双方が最善を尽くした結果得られるものであり、一方の都合を押し付けて無理難題をさせることは、決して「合理的配慮」ではない

「感謝」は「自然に出てくる」はず

氏のブログの中では、駅係員を「駅員」と呼び放ち、感謝の気持ちを出せと指摘されれば釈明記事において「当たり前のことに対して、何で感謝しなきゃいけないんだ」という主張がある。障害を持つ者だけが、わざわざ「ありがとう」と声に出さなきゃいけないところに不合理を感じておられるみたいですが、これも一般常識として考えれば、重たい車椅子を運んでもらうことに、感謝の気持ちを表すのは至極当然のことではないだろうか。今回の件において、当たり前のように、息を吸うように駅係員が対応してくれたとしても、それは当たり前の事だから、礼を言うほどでもない。障害者だけが肩身を狭くして生きなければならないこんな世の中は、障害者差別だ!という考えなのだろう。法や義務の問題ではなく、人間としてとても残念な考え方ではないだろうか。

「駅員」はそもそも無限ではない

氏は交渉の中で突然「駅員を4人ぐらい」というが、いきなり4人という人的リソースを予定外の作業に割り当てることは、一般的な社会人であればそれがどれだけ難しいかすぐに分かるだろう。ましてや、JRは鉄道会社であり、その最前線である駅はまさに「時間勝負」である。

列車がダイヤで動くように、駅員も分単位のスケジュールで動いており、出札、改札、券売機の締切作業など、そのスケジュールされたタスクをこなすために、最適化された人数が日々配置されている。氏の主張では、「3~4人くらい出せ」という話なのだが、これはまさに鉄道会社に対する「合理的配慮」を欠いた要求である。仮に駅で何かしらの事故が発生し、通常は駅係員が配置されているにも関わらず、突然やってきた人の対応に追われて人出が足らなかったがために見落としたとなれば、どのように責任を取るのだろうか。また、今回は1時間もの間交渉をしているが、その間もどこかで何かしらの業務が止まっていたはずである。それは出札業務かもしれないし、改札業務かもしれないが、それによりどこかで不便を被った人に申し訳ない気持ちはないのだろうか。

やりとりを録画・録音することに対する穿った見方

氏は、やりとりを全て携帯で記録したとブログに記載していたが、そもそも、通常の交渉事であれば最初からそこまでしないだろう。交渉の最初から準備していたのであれば、むしろ、最初から揉めることを想定していたのではないかとすら思える。また、その後、その内容を速やかに各報道機関に対して連絡しており、ブログ内では疲労感を感じさせる書きぶりではあるが、「ネタ探し」の一部として利用した感すらある。

JR側の不手際はあったのか

今回、JR側の不手際と思われる部分として、HP上には「事前に連絡を下さい」とは記載があるものの、それが具体的にいつまでなのか分かりにくい部分があるという点だ。しかし、それも一般常識の範疇であり、一概には言えないのでそのような表現になっているのではなかろうか。仮に、大きめの駅同士の乗降なのであれば、車椅子対応の要因が常駐しているため、当日でもなんとかなるかもしれないが、無人駅で階段しかないような駅で大がかりな対応が必要なのであれば、早めに準備する必要があるだろう。

「合理的配慮」とは、障害者の「わがまま」を聞くことではない

「合理的配慮」を求める氏の意見は、法を背にした鉄壁の理論にも思えるが、そもそも「合理的配慮」という言葉自体が抽象的な言葉であり、氏はこの言葉をさも魔法の言葉のように乱用しているのが非常に気がかりである。前述の通り、合理的配慮というのは、あくまで筋道の通った、理にかなった配慮ということであり、障害者の要望が何でも通る「魔法の言葉」ではないということだ。

もちろん、対応する側としては何もしないわけにはいかないが、今回のケースのように30分前に突然駅に行くということでは、駅側の「合理的配慮」が、別の駅まで送るということだった。という話である。前述の通り、これが数日前にきちんとJRに連絡されていれば、目的地である駅においても対応をしてもらえたかもしれない。

氏は、権利を主張してその権利を盾に理論武装しているように見せてこそいるが、結局は自分の理想。言い方は悪いが「わがまま」を一方通行で通そうとしているだけでしかない。このような事を書くと、障害者差別!と騒がれるかもしれないが、あくまで一般常識として、障害者はハンデを背負っている以上、何かしらの手助けを周囲から受けざるを得ない場合というのは往々にしてあると思う。そのような時に、権利だからと何も言わなくても健常者と同じように生活できるように相手が努力するのが当たり前という考えではなく、どのようにしたら自分も相手も気持ちよく生活することができるか、考えてみる必要があるのではないだろうか。

そもそも障害者には「障害者割引」という制度があり、運賃が5割引きとなる。介助者も同様に5割引となるため、同行者が必要な場合に余計な費用負担をしないでも済むようになっている。障害者が「当たり前のように生活を送れる」ことは大事な事ではあるが、バリアフリー対策には非常にお金がかかり、かつ、対策による見返りはゼロと言っても等しいレベルである。また、事業者が行うものについても、基本的に税金による補助金が出されている。健常者を含めて負担している税金から、そのような対応をしていることに加え、障害者への「手間賃」を負担しているとも取れる「障害者割引」があるのだから、このようなケースにおいてはほんのひと手間でいいので事前に駅に連絡するなどの配慮は、あって当然とも思える。

権利を主張するために声を上げるのは良いことだが、氏と同じように車椅子生活が必要な障害を持つ方についてもこの件に関しては批判的な意見がSNSなどでは散見される。炎上商法により、多くの人に関心を持って欲しいという考えがあったのかは分からないが、このやり方では、障害を持つ方がますます生きづらくなる方向に世論は向いてしまうのではと、この一件を見て感じた次第である。

4/27追記 社民党が「JRに対し謝罪を要求」

4月27日、社民党は公式NOTEにおいて、JRから氏に対して「今回の対応への見解と伊是名さんへの正式な謝罪」を行うことを要求する声明文を発表しました。本文についてはリンク先でお読みいただければと思うが、概ね同意はできかねる内容である。

声明における主張その1 「合理的配慮」が十分だったか

本記事においても、抽象的な表現の「合理的配慮」について、いったい何が合理的といえるのかについて考えてきたが、声明文ではまず、障害者基本法 第4条を挙げて、こう書かれている。

障害者基本法は2011年改正で新設された第4条1項で障がい者に対する差別を禁止し、2項で「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がなされなければならない。」と定めています。

社民党公式Noteより

つまり、社民党は公式見解として、100㎏の電動車椅子に乗った旅客が連絡もなしに現れ、4人の駅員をもって無人駅まで同行し、重量物である車椅子を運ぶことが、「実施に伴う負担が過重でない」と判断しているということになる。

ここで、JRの負う負担について改めて考えてみる。氏と駅係員による改札口での押し問答がなかったとしても、小田原駅から無人駅である来宮駅に駅員4人を同行したうえで、車椅子を運び上げる作業が必要になる。
まず、人的リソースの負担であるが、事前連絡もなしに現れた障害者への対応に、JRとしては予期していなかった人員を割くことになり、本来業務に支障を来す。これは、駅の出札窓口が、本来の営業時間にもかかわらず営業中止となったり、ホームに立つ係員による安全確保が十分に行えなくなるなど、障害者にとってはスムーズな乗降が約束されるが、その他大勢の人は、基本的に不利益を被ることになる。これを防ぐためには、電動車いすにも対応しうる屈強な最低4人の「専任の」係員を、常に各駅に常駐させておくしかない。公式では以下のように言い切っているが、現実の問題として、不可能な話である。やれないことはないが、これだけの事をしても障害者が払うのは、障害者割引による半額の運賃料金のみである。つまり、現行の運賃料金から、バリアフリー名目で大幅に値上げされることだろう。

「合理的配慮」の努力義務履行を現場の駅員任せにし、履行に必要な施設整備や人員配置といった事業者としての取り組みが不十分であるが故に発生した事態です。 

社民党公式Noteより

次に、JRの収益面の負担である。先にも述べたとおりであるが、障害者は原則として「障害者割引」により、料金が5割引きで乗車できる。介助者も同様に受けることができるため、障害者を1人と介助者を1人乗せて、ようやく1人の一般旅客と同等の収入を得ることができる。本文にも書いたが、そもそも「障害者割引」は、障害があることで健常者と同等の業務が困難であるなどの理由により、経済的な配慮がなされての制度である。そのように、JR側からの「配慮」があるのだから、利用する障害者側からも、一定の「配慮」。例えば事前に連絡を求められるのも、ある意味当然だろう。

最後に、100㎏を超える電動車椅子を運び上げる負担である。これに関しては言わずもがなであるが、4人で持ったとして、1辺の重さはおよそ25㎏である。持つ場所によっては、もっと重いだろう。それをもって足場が不安定な階段の乗降をさせることが、負担が過重でないと言えるのか。

これだけの負担をもってしても、負担が過大でないという「解釈」をされるのであれば、基本的に障害者の意見は「合理的配慮」のもと、全て通るとみても良いのではないかと受け取られてもおかしくない。

声明における主張その2 「公共交通における移動の権利」を守れ

公共交通がバリアフリー化され、すべての人が障壁なしに公共交通を利用できるというのは、究極の姿だろう。しかし、それを乗降客数の少ない駅にまで適用すれば、瞬く間に鉄道会社は窮地に陥るだろう。現行のバリアフリー法においては、日平均2000人以上の駅は、エレベーターやスロープなどの設置を目標としている。しかし、エレベーターを1基設置するだけで、設置コストだけではなく、ランニングコストも当然にように必要になる。

社民党公式では以下のように謳っているが、はっきりいって我々具体的な解決策も何も考えていませんと言わんばかりの「寝言レベル」の意見である。

2011年成立した交通基本法では「移動の権利」が国会で議論になりましたが、同法には「高齢者、障害者等の円滑な移動のための施策」として「構造及び設備の改善の推進その他必要な施策」を義務つけ、国や地方公共団体、交通事業者、住民の連携と協働をうたっています。バリアフリー化については関係者が一体となって実現に向け取り組んで行かなければならない喫緊の課題なのです。 

社民党公式Noteより

声明における主張その3 「個人の人格攻撃」は許さない

見出しだけ見れば、私もその通りであると思うが、内容にはほとんど同意しかねるというのが正直なところである。内容を読むだけでも苦労するのだが、引用しながら意見を述べていきたい。

まず、氏のブログが炎上し、社民党には多くの抗議や心無い意見が寄せられたそうだ。それに対し、社民党は声明の中で以下のように述べている。

今回寄せられた意見の中で、「駅員の過重労働になっていてかわいいそう」など駅員に同情するものも多く見られました。労働者の労働環境が厳しい状況なのは当然理解しますし、本来障がい者と駅員である労働者は対立する性格のものではありません。労働者と障がい者それぞれの立場から事業者に対して施設・設備のバリアフリー化や「合理的配慮」の水準向上のための人員増を求めて共闘することこそが重要だと考えます。 

社民党公式Noteより

駅係員に対する「過剰な要求」を押し付けている認識を持ちながらも、「合理的配慮」のもとに、労働者の立場からも事業者と闘えと述べている。

つまり、対応では散々ボロカスに叩かれて、「合理的配慮」のもと、奴隷のように車椅子を運ばされ、降ろした後にはマスコミに対して「かわいそうな私」を取材させて散々各種メディアでJRをコキ降ろした人間と「共に闘え」ということだ。いったいどれだけ虫の良い話だろうか。闘うなら勝手に現場を巻き込まず、政党なのだから政府与党に働きかけるまでの話ではないだろうか。それが「合理的」な主張であれば、他の政治家も耳を傾けてくれるだろう。

伊是名さん本人は事前にJR東日本のウエブサイトで駅情報を調べたが、無人駅であることや、事前連絡が必要だということがわからなかったといいます。また小田原駅の駅員の対応が「ご案内できない」の一点張りで、代替手段を考える合理的配慮の姿勢をJRに感じられなかったことも、改善を求めたい点です。

社民党公式Noteより

また、氏は、事前にJR東日本のサイトで調べたということだが、「事前連絡が必要」ということ以外は、「Google」で「来宮駅」と、一切の補助ワードを付けずに検索してトップに出てくる来宮駅の案内情報から簡単に読み解くことができる。以下の画像はそのサイト内の情報(出典:JR東日本)であるが、バリアフリー対応について事細かに記載されている。「事前連絡が必要」だということを知らないというのは、氏のこれまでの活動から見てもあり得ない話である。それが初めて電車に乗る人ならいざ知らず、アクティブに活動し、何度も電車を利用している人が今更「知らない」わけがないというのが、私の見方である。(そもそも、レストランの予約はしておくのに、勝手知ったるJRの乗車予約をしないというのは、何故だったのか?)

参考 駅の情報(来宮駅)JR東日本

声明における主張その4 将来への対応について

声明はこのように結んでいる。

JR側は「事前の連絡」を希望しつつ、「条件ではなく、協力を求め」たいとし、今後事前連絡がなくても介助ができる態勢の検討も進めるとしています。国もガイドライン作成を検討しているといいます。繰り返し今回の様なことが起きないように国・自治体・交通事業者と障がい者団体や市民も一緒になって改善に努めていこうではありませんか。

社民党は障がい者差別を含むあらゆる差別に明確に反対し、障がい者を含む誰もが等しく自由に利用できる公共交通機関、そしてバリアフリーが徹底されたインクルーシブな社会を皆様とともに創り上げていく決意です。

社民党公式Noteより

繰り返しになるが、「合理的配慮」とは、決して障害者の言うことを絶対とするわけではなく、理にかなった対処をすることが「合理的配慮」である。しかし、今回の件は、少なくとも私の目から見れば氏からJRへの要求は、合理的配慮を著しく欠いているようにしか見受けられなかった。本文中でも書いたが、「合理的配慮」とは、要求された条件によって、大きく変わるものだと私は考えている。つまり、事前に連絡した場合と、しなかった場合では、当然に「合理的」と思われる要件は変わってくるはずだ。そのため、社民党からの要望に対しても、引き続き事前連絡への協力を求める回答をしているのだろう。JR側としては、今回の件に関しては大きく譲歩し、人員を割き、危険を冒してまで、氏への対応に費やしてくれた。しかし、それに感謝するどころかマスコミに対し自身への取材を要求するなど、まるで恩を仇で返したとも取れるような行動を氏はとっている。引き続き、権利や各種事業者の合意文を盾に、歩み寄りのカケラも見受けられないような姿勢を氏や社民党が続けるつもりなのであれば、それは我々多くの一般人にとって、到底理解がし難く、反感を買うということを理解していただきたい。

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